AGARAKiiLife縺ソ縺九sKiiSearch
とこまの嗚呼ブライダル
第7話 『新居』
 新居選びには苦労した。私は、古びて少し雨漏りはしているものの3DKで家賃が1万円をきるという破格の物件で十分だったが、新婚生活に夢をふくらましている妻が許すはずもなかった。彼女の希望を聞いていると、残るのは高い部屋ばかり。
 そんな時に、先輩の知人から個人的に紹介してもらった部屋(写真)を、二人とも気に入った。広々とした3DKで6万円。4方向に窓があって、海が見える。本心は、家を建てる貯金のため、もっと安い所が良かったのだが。
 契約は、結婚式の1カ月以上前からだが、住むのは式が終わってから。「先に家を出ちゃうと、式の時に“嫁ぐ”という感じが薄れそう」と彼女が言ったから。
 「パンツだけ持って来い」。母が嫁に来る時、父はそう言ったとうそぶくが、残念ながら私にそんな甲斐性はなかった。家具は、互いの家や親戚(しんせき)から、使える物を掘り起こした。
 幸い、ほとんどの物が買わなくてもそろったが、彼女が「新しく欲しい」と言ったのが冷蔵庫。当時、ある結婚情報誌で「買った電化製品」の1位になっていたのも冷蔵庫だった。「一番、私が使うものなんだから」

《いま思えば》
 お金がなくて新しい物を買えないという面もあったが、家を新築する時に備え、なるべく使える物で我慢したのは正解だった。
 結婚から3年後に家を新築したのだが、冷蔵庫以外の家具をすべて買った。出費は多かったが、家のデザインに合う家具を選べたと思う。
第6話 『バージンロード』
 花嫁の父にとって一番の大仕事は、バージンロード=写真=を歩くことだといっても過言ではない。結婚式の感動的なシーンのひとつだ。
 もちろん、私が結婚した時には義父も歩いたわけだが、当初は「まさか、わしもあの赤い布の上を歩くんか」と嫌がった。さらには「わしは恥ずかしいから無理や。おじいちゃんに歩いてもらえ」と言い出した。父親を差し置いて、おじいちゃんと腕を組んで歩く妻を想像すると笑えたが、無理な話だ。
 あの場面は、着飾った花嫁よりも何ともいえない寂しそうな表情の父親こそが、主役だ。しかし、ホテルの担当者によると、恥ずかしがって嫌がるのは珍しくないらしい。「直前に言って、あれこれ考えないで歩いてもらった方がいいんです」との言葉にも納得だった。
 式も近付いたころ、妻は家で、義父が新品の黒いクツを用意しているのを見つけた。底が厚いクツだ。彼女と父はほぼ同じ背たけなので、並んで歩いても恥ずかしくないようにだった。
 クツまで新調し、「最後の大仕事」を果たしてくれた。

 《いま思えば》
 式の数日後、親戚や近所の人が妻の実家に遊びに来るたび、義母はおもしろがって結婚式のビデオを見せていた。
 緊張した面持ちで歩く画面の中の義父を見ながら、みんなが「カチコチやな」「ちゃんと前見て歩いてよ」とちゃかす。義父は照れてはいたが、楽しそうに見てくれていた。妻にも義父にもいい思い出ができたと思う。
第5話 『小遣い』
 「通帳=写真=をどっちが握るか。最初が勝負やぞ」。結婚を前に、会社の男性陣が忠告してくれた。
 戦いに敗れた先輩の悲鳴は、「小遣いを増やしてくれない」「通帳がどこにあるかすら知らない」「昼飯を我慢して節約している」と哀れなものだ。
 小遣い制だと、とかく大きな買い物がままならないようだ。ほとんどの友人や先輩は、結婚前に別の通帳などに「隠し資産」をつくったらしいが、欲しい物を買ったり、職場のつきあいをしたりするうちに2、3年で底をつくのだとか。
 一方、戦いに勝った人たちは優雅なものだ。「ミスター衝動買い」の30代後半の先輩は、欲しいと思ったものは迷わず買っている。「ボーナスをもらったことがない」と、退職するまで言い通した公務員もいるとか。
 私は、結婚前の3カ月ほどで、何万円もするカメラのレンズを3本買った。「最後のボーナス」は、パソコンに投入した。会社の女性陣からは「まるで市町村合併前の駆け込み事業みたいね」とあきれられたものだ。

《いま思えば》
 通帳を渡さないというのはまったく無理だった。そして、いつしかに定着したのが「変則小遣い制」だ。定額の小遣いはなく、財布に金が無くなればもらうというスタイル。いちおう自由に使えることになるが、結婚前と違って「この前あげたお金、もうなくなったん」などと突っ込まれるので釣り竿一1本買うのもためらう。
 そういえば、銀行のカードも知らぬ間に妻が持つようになった。
第4話 『情報誌』
 妻は結婚準備に入ってから、週末に私の家に遊びに来るたび、結婚情報誌や本=写真、2004年当時=を置いて帰った。「折り目を付けておいた所、読んでおいてね」
 それまで名前すら知らなかったが、かなりの種類があるようだ。中には一冊に何百ページもある雑誌もあり、「よくこんなに書くことがあるな」と感心してしまう。結婚にまつわる流行やアンケート結果、エピソードなどが盛りだくさんだ。
 オールカラー刷りで1600円なんてものもあり、決して安い物ではないが、妻は月に2冊ほど買っていた。「ドレスの流行と、披露宴の体験談は見逃せないの」
 「大事な部分は切り取ってためていきましょう」。最初に行ったブライダルフェアで教わった通り、読み終わったら、切り抜きをスクラップブックにとじる彼女。
 暇を見つけては読んでいた彼女の、そのころの口癖は「○○に載っていたんだけど…」。まさに、結婚情報誌は花嫁のバイブル(聖書)だ。お母さんまでしっかり読んでいたほどだ。
 しかし、私にとっては、まるで受験の参考書のようだった。折り目を付けた「宿題」が、毎週山積み。妻は帰り際にいつも言った。「ちゃんと読んでるの?」

《いま思えば…》
妻はあまりインターネットをしないが、ネットにもブライダル情報が充実していて便利になっている。利用している花嫁も増えているだろう。情報誌に加えて「ここ見といてね」なんてネットのアドレスをいっぱい置いて行かれたら、さらに大変だっただろうな。
第3話 『日焼け対策』
 5月になり、その年初めて半袖のTシャツだけで出掛けた日、妻は私をホームセンターに連れていった。「手袋を買いたいの」
 思わず「もう夏やで」。妻の返事は「夏やからこそ」。聞くと、車に乗っている時に手を日焼けしないためで、花嫁には必須のアイテムだとか。白いドレスを着る時に、手が日焼けしていては美しくないのだという。そういえば「美白」という言葉がはやった。
 ホームセンターには、ひじまですっぽり入る手袋が1000円弱で売られていた。白、黒の2色あったが、彼女は迷わず黒を選んだ=写真=。テレビで見たようで「白より黒の方が効果があるらしいのよ」
 花嫁にとって、紫外線は大敵。妻は、3月で仕事を辞めて実家の梅畑を手伝っていた。首まですっぽり覆う大きな帽子に、日焼け止めという「よろい」を装備する。「化粧品も、紫外線を防ぐ数値が一番高いものに変えたのよ」
 結婚式までは「天気がいいから出掛けよう」とはいかなかった。

《いま思えば》
 どこへ行くにも徹底して手袋や帽子を着用しただけあって、妻は計画通り「純白の花嫁」になった。記念写真に収まる花嫁の舞台裏は、ささいな努力とこだわりの積み重ねなんだと実感した。
第2話 『指輪』
 給料の3カ月分-。この「婚約指輪のお値段」は、郷ひろみが結婚する時に記者会見で話して以来、今では社会通念ともいえるほど定着している。私が指輪を選んだ際にも、この目安が重くのしかかったことはいうまでもない。ダイヤモンドなんて、生まれて初めて見た。
 一般的に、婚約指輪は高価で、結婚指輪はそうでない。しかし、結婚の準備をするまで知らなかったが、婚約指輪は結婚するとほとんど着けないものだ。
 私たちが選んだ指輪は、婚約指輪と結婚指輪のデザインや形がセットになっている=写真=。お出掛けの際は、日ごろ着ける結婚指輪の上に、婚約指輪を重ねられる。このタイプが最近流行っているのは、結婚してからも婚約指輪が着けやすいいからだ。
 サイズは、少し大きめにした。友人の結婚式で、緊張のあまり指に汗をかき、指輪がなかなか入らないという「教訓」を目撃したことがあるからだ。別の友人は言った。「どうせ、結婚して何カ月かしたら、指の方が太くなってちょうど良くなるもんやで」。

 《いま思えば》
 あの高価な婚約指輪。妻は何度着けたのだろうか。結婚してからあまり見た覚えもないし、今もちゃんと入るのかすら知らない。
 一方、結婚指輪。周りの友人男性にはすぐに着けなくなった人も多いが、私の左手薬指で、しっかりと傷と思い出を刻んでいる。
第1話 『式場選び』
 地元に生まれて27年目で、2年半付き合っていた同い年の彼女と結婚した。先輩からの忠告は「結婚式は、彼女の思うようにさせてあげないと一生文句言われるよ」だった。結婚式は女性にとって最も大切な人生のイベントなのだ。
 「『その日』までの奮闘努力の日記」として、2004年5月〜9月に紀伊民報で連載した記事を、31歳になった今振り返りながら連載します。

******************************************

 ほとんどの男性にとって、どんな結婚式もみんな同じようなものに見えるのではないか。
 私も、準備は1カ月ぐらい前からで十分だろうと思っていた。しかし、現実は大違い。先に結婚した友人に聞くと、何カ月も前から、やれブライダルフェアだ、衣装合わせだ、打ち合わせだと、週末はほとんど結婚式の準備につぶれてしまうらしい。今思い出してもゾッとするが、妻に「試着など準備も楽しいんじゃない」と言われて「ハイ、そうですか」。
 式場を決めたのは、式の半年前。聞くまでもなく、妻のポイントは「どれだけきれいになれるか」が一番だったよう。一方、大きな声では言えないが、私は「費用」が一番の気掛かり。何より、遠方からのゲストが多いので、宿泊者の費用が安いことが魅力だった。
 式場を決めてから1カ月あまりして、式場の担当者から「そろそろ招待状の準備に掛かりましょう」と説明があった。両親の名前で出すのが主流だが、最近は少しくだけた感じで本人名で出す場合もあるとか。

《いま思えば》
 4年経った今振り返って、先輩の忠告は正しかった。妻は、こだわったところは今でも誇りにしているし、逆に予算面などから妥協した点もしっかり覚えている。

【写真】ブライダルフェアでは、本番さながらの模擬挙式が行われることも


【ブライダルTOP】
INFOMATION
バックナンバー
第1話 『式場選び』

第2話 『指輪』

第3話 『日焼け対策』

第4話 『情報誌』

第5話 『小遣い』

第6話 『バージンロード』

第7話 『新居』